目次
1:プロローグ
2:都心型家主の不動産相続対課題
3:等価交換と相続対策
4:入居者への転居依頼
5:賃貸事業について
6:取り組む開発事業者は誰か?
7:その他
8:終わりに
【参考資料】・転居依頼書 ・等価交換関連図表 ・不動産データ等 ・著者プロフィール ・当該物件写真
1:プロローグ
『このマンションが建った昭和46年頃は、周辺には低い建物ばかりで、消防署の方が、「火の見櫓(やぐら)よりも高い」と言って見学に来たくらいでねえ。それが早いもので、周りには高い建物やマンションが次々に建築され、今ではその面影はまったくなくなってしまったね。そして、私たちのマンションも新しく生まれかわるのか・・。』
平成27年5月19日、東京都北区王子にお住まいになっている資産家のMさんご夫婦が、等価交換事業契約の書面締結後、懐かしそうに、そして、少し寂しそうに語られていました。私とコンサルティング契約を締結してから半年、企画検討開始から約2年が経過し、この事業が本格的にスタートしました。
平成26年の4月、あるゼネコン(建築会社)の支店長から、『堀田さん。相続対策も絡んだ有効活用なのだけど、等価交換も解る?』と相談を受けました。
等価交換については後述するため、ここでは概略をお伝えしますが、「立体買換え」の通称で、土地所有者が「土地」を提供、開発業者(デベロッパー)が「建物+諸経費」の費用を負担し、新たに分譲マンションを開発。そして、完成した区分マンションの一部の住戸を土地所有者が取得する方法で、単純に土地を売却した場合、長期譲渡所得に対して、所得税、住民税合わせて20.315%の税率で課税される税金が、将来に繰り延べられるという税メリットを使えるのが特徴です。
今回のケースでは、土地70坪をMさんが提供し、Mさんはその対価として新築マンションの一部住戸を約50坪と清算金の千数百万を取得する内容の事業となりました。
建築会社の支店長は、東京都文京区白山にある、設計事務所の一級建築士N氏(以下、「N設計士」という)から相談を受け、N設計士はMさんとご夫婦同士でのお付合いがあり、Mさんが所有するマンションについて、様々なご相談を受けていました。
その相談の課題解決の方法として、N設計士が、等価交換事業という手法をMさんに提案したものの、実際に実行させるに当たり、等価交換事業に関わる重要な「入居者の立退き」「開発業者との交渉」、そして、相続対策の有効性等の立案と実行については、一級建築士の範疇を遥かに超えてしまい、N設計士も大変困惑していたのでした。
私は、建築会社の支店長を通じて、N設計士との面談を設定していただき、内容を伺ったところ、N設計士が考えている方向性は正しいものの、実際に実行させてゆくには、様々な課題があるため、複合的なコンサルティングの必要性をお伝えし、コンサルティング業務委託のご提案をさせていただきました。
私が、各課題とその解消方法についてお話ししたところ、N設計士は、『こんなに内容を教えちゃうと、私が対応しちゃうよ』と笑いながら、冗談とも本気とも言えない回答をされていましたが、私は『良いですよ。絶対にできませんから』と回答させていただきました。
私は、不動産のコンサルティングとして、課題解消の手法を提案するときに、原則、実行責任を自身が負えない方法は提案しません。この実行責任とは、依頼者のために様々な手法を想定しておくのは当然ですが、提案した手法では成功しない、想定外の事態が起こったときにおいても、その原因を追究し、成功するまで、都度知恵を絞り切って、手を打ち続けるという事を意味します。不動産の課題解消は、その道のプロですら多岐にわたる難題課題が多く、心が折れてしまうときがあります。度重なる課題発生や関係者の都合など、画一的に解消できることなどは本当に少なく、まさにハンドメイドの完全オーダーメイド業務なのです。その業務の軸となる役割を素人である資産家に負わせるのは、不動産コンサルティングとしては無責任であると考えるからです。私が、N設計士に『絶対にできませんよ』と回答した意味は、今回提示した、課題解消の手法では解決できなかったときに、新たな一手を考え(絞り)出すことや、プロジェクトの軸となり各方面の課題を担い、推進するという事も隠れているのです。
当然、そもそもの解消方法の提案や実行自体が困難であることも事実です。
話を戻しますが、N設計士も、不動産コンサルタントとはいえ、初めて会った不動産業者を簡単に信用してくれはしません。その後、私とMさんがコンサルティング契約を締結するまでの半年の間に、私の指摘した課題解消方法の検証や、他の専門家の検索をされていたようですが、『相続対策』『立体買換(等価交換)事業コンサル』『開発業者との交渉・媒介』『入居者の転居対応』『事業中の近隣対策業務』を一気通貫で対応できる専門家を見つけることはできなかったようで、私は、N設計士の厳しい試験に合格し、Mさんに一連の複合コンサルティングのご説明をさせていただける機会をいただき、平成27年11月28日、無事に不動産コンサルティング契約を締結し、立体買換え(等価交換)事業のお手伝いをさせていただくこととなりました。
2:都心型家主の不動産相続対課題
東日本大震災を契機に、東京都では、平成23年3月18日に『東京における緊急輸送道路沿道建築物の耐震化を推進する条例』が公布され、老朽化マンションの耐震化は、都心型家主の相続課題の一つとなりました。資産家は自身の高齢化とともに、老朽化するマンションをどの様に活用し、継承するかを、相続対策と同時に考える必要が生じてきたからです。
Mさんも、東日本大震災が、所有するマンションの老朽化と向き合う契機になり、一級建築士のN氏に相談することになったようです。検討方法としては、単純に、改修工事の実施を考えたようですが、工事資金の確保について大きな課題がありました。
Mさんご夫婦には、お子様がいません。よって、相続人は配偶者と兄弟ということになりますが、ご主人にはご兄弟がおらず、ご両親も他界し、相続人は奥様一人となります。
奥様にはご兄弟がおり、ご兄弟のお子様(M夫人からみて甥姪)もいますが、さすがに奥様のご兄弟や甥姪に連帯保証人を頼むこともでず、借入金の連帯保証人がいない。という事実と、そもそも大きな借入金は避けたい。というMさんご本人の気持ちがありました。
子供がいないご夫婦の場合の相続対策について、最も重要なことは、ご主人が先に亡くなった後に、奥様に過大な負担が掛らないことだと考えます。老朽化したマンションを改修し、賃貸経営を継続したとしても、その賃貸事業に必要な作業を高齢になったご婦人が一人で対応することは困難でしょうし、仮に改修資金を借り入れたとしても、返済に追われることになります。この返済金の原資となる、将来の賃貸事業の展望については、後述のとおり、大きなリスクがあるため、よほどの場所でなければ賃貸事業を継続することは、得策ではないのです。
世間でいわれる「相続対策」として、数十年も前に賃貸マンションを建てたものの、建物の老朽化対策・将来の不動産と不動産賃貸事業の展望そして相続対策を同時に考えなければならない事が、都心型家主の不動産相続課題の特徴で、最先端の不動産相続課題ともいえます。
3:等価交換と相続対策
等価交換の特徴
私は、この等価交換事業が、相続対策にとても有効であると考えており、一定の条件が整えば資産家の方に推奨させていただいていますが、以下のような事情から、資産家の方からは、「話は聞くけど、自分では検討したことがない。」「または、詳しくは知らない。」という回答をいただきます。
(1)借入金の必要がないため、金融機関が推奨しない。
(2)事業の税務が複雑なため、特に専門的な知識を有する税理士が必要となる。
(3)開発事業者主体となり、資産家のために交渉できる専門家が少ない。
しかし、以下のような特徴は、不動産相続で課題となる問題を解消することができます。
(1)相続人数分に分割して区分所有できるため、分割対策が簡単。
(2)分譲マンションは流動性が高く、将来の換金が容易。
(3)自己使用、賃貸活用のどちらでも選択できる。
また、相続人に大きな借入金という心理的な負担を負わせることがなく資産を継承することができます。今回の事例においては、次の点に共感をいただきました。
(1)借入金がない。
(2)自宅以外の取得住戸を必要最低限所有しその賃料を生活費に充てられる
(3)施設入居等の多額の資金を要するときは、一部の住戸を売却換金しやすい。
そして、最大のメリットは、『今まで住んできた場所に住み続けられる』ということです。年齢を重ねるにつれ、今の場所を離れる事に対し、精神的な負担はとても大きいものです。どれだけ金銭的にメリットがあっても、「終の棲家」を手放せない方は大勢おられるのは、精神的負担を負いたくないからです。事業期間中一時転居についても、年齢が上がってくることで、精神的な負担になるため、その負担に対応できる年齢までに判断する必要があります。
等価交換の税務
この事業において、税理士の協力は不可欠です。等価交換事業の税務は複雑で、知識や経験を有する税理士でなければ対応できません。私も一定の税務知識はありますが、税理士以外の者が税務アドバイスを行う事は、法律で禁じられていますので、等価交換事業に対応できる税理士を紹介できなければなりません。等価交換に関わらず、相続や有効活用を含め、不動産コンサルティングにおける、税務分野は、『何を知っているか』ではなく『誰を知っているか』が重要なポイントとなります。
私がパートナーを組む、東京都日本橋のS税理士事務所のS税理士に協力を依頼し、Mさんには、お付き合いのあった顧問税理士からS税理士へ税務顧問を替えていただきました。S税理士は、前職の大手税理士法人にて、法人税・個人の資産税・相続対策の実務を多くの経験し、豊富な知識を持ちながらもフットワークが軽く、親しみやすい税理士で、Mさんの自宅ミーティングにも積極的に参加し、解りやすく説明していただきました。
「建物は法人名義」「土地は個人名義」による節税対策の注意点。
地主さんの節税対策として、個人名義の土地上に、法人名義の建物を建て、所得税や相続税の節税をする方法が一般的ですが、万が一売却するときには十分な税務検証が必要です。
本来、建物所有者は土地所有者に対して、建物を建築する際に、借地権の取得に対する権利金を支払うこととされていますが、一般的には、「土地の無償返還に関する届出書」(以下、「無償返還届出書」という)を税務署に提出して、権利金を支払う事を免れています。
ところが、税法上の借地権認定と民法上の借地権認定が異なることから、当該土地建物を同時に売却するときに、問題となる事があります。等価交換事業では、土地を開発業者にいったん売却し、建物完成後に区分所有権(土地と建物の所有権)付住戸を取得する事が一般的なので、土地と建物をいったん売却しなければなりません。
その際、建物を所有するに際して無償返還届出書を提出した法人は、売買価格や土地の価格をどの様に按分するのか、交換住戸は誰が何坪取得するのか、という課題が生じます。
無償返還届出書を提出した建物所有者の借地権価額はないとされるので、一般的な借地権割合である7割や6割という按分で価格を決定すると、価額がない借地権に対する対価を得た(又は、借地権を得ているのに権利金を支払っていない)という問題が生じるのです。今回の事例については、個人情報に当たるので詳細はお伝えできませんし、個々の事例によって答えが異なりますので、等価交換や土地建物の売却を検討する際は、顧問税理士に相談し、指示に従う必要があります。
また、等価交換事業の大きなメリットである所得税等の繰延べについても、原則、売買契約から一定期間の間に事業を完了させることが条件となっています。本件では、工事費の高騰等により、スケジュールが遅延してしまいましたが、S税理士から税務署へ適切な届出をし、期間を延長しました。このような不測の事態においても適切な対応ができるためには、等価交換や相続税に詳しい税理士と十分に相談を行いながら、事業を進める必要があります。
4:入居者への転居依頼
転居依頼の実務
老朽化マンションに欠かせない作業として、入居者の立退きがあります。しかし、私は「立退き」という言葉は適切でなく、「転居依頼」であると考えます。
建直しによる「立退き」は貸主の一方的な都合であり、入居者には全く非がないにも関わらず、当該物件から別の場所へ転居を依頼する事が本質ですから、先ずは、貸主としては「転居依頼」と考えるべきです。
当然、相当の補償費用を提示しても、ご理解がいただけない場合は、「正当事由」を探し、より強く依頼してゆくことも必要ですし、最悪は訴訟も考えなければなりません。
とは言え、最初から交渉を前提に話すよりも、先ずは「お願い」することが道理であり、入居者の多くは、老朽化した建物に住み続けることが自身にとって有意義でないことは理解できますし、お願いしている相手を攻めたてる様な方は殆どいません。
よく、転居費用を気にして、定期借家を募集条件としたり、単純に自然退去を待ったり、他の住戸を長期間空室にしたりしている方も多くおりますが、転居費用を負担しても事業を進めてゆく方がメリットがある事も多いので、具体的な費用を算出して比較検討する必要があります。
非弁活動について
弁護士以外の者が、法律行為の代理人となることは、法律では認められていません。
よって、貸主が入居者に転居を依頼するときは、本人が直接対応するか、弁護士に依頼するしかありません。私も転居依頼(立退き)に関連する業務を依頼されるときは、先ず、貸主から弁護士への委任状を提出していただき、弁護士に委任していただきます。
その上で、私たちは、賃貸管理会社としての業務委託契約を締結していただき「意見の伝達及び聴取」を含めた賃貸管理業務を受けます。意見の伝達と聴取ですから、法律交渉は致しません。貸主の意思として「転居の依頼」を伝達し、入居者のお考えを徹底的に聴取させていただきます。そして、法律に抵触しないように、弁護士の指示に従い、対応していきます。
不動産業者が窓口として対応するメリット
私達不動産業者が、賃貸管理業者として入居者との間に入る事の大きなメリットは、感情的になりにくいという事です。常識的に考えて、いきなり弁護士の名前がでるよりも、一般の不動産賃貸会社が訪問する方が入居者も驚きません。
また、入居者が転居先を検索するときに、現在居住している物件がどの程度希少性の高い物件かを理解することができます。相場と比較し、家賃が安く希少性の高い物件であれば、検索時間や家賃の増加に理解を示すことが可能ということです。
この、「理解を示せる」ことは、入居者とのコミュニケーションを取るのに重要な要素となります。「確かに、今住んでいる物件は滅多にない物件ですね。同様の物件を探すとなると時間が掛るのは仕方ないですね」という回答は、事実の確認をしていることと、不動産業者の見解を述べているだけです。
入居者は、転居を依頼する業者は入居者の主張に反論して説得してくると想定していますから、「そのとおりですね。希少性の高い物件ですね。探すのに苦労したのではないですか?」という回答などは、敵ではないと感じてもらえる要素となるのです。
(2024年に立退き訴訟で貸主である業者が敗訴した事案も、入居者が苦労して探し出した部屋をいとも簡単に退去させようとして、訴訟まで発展し敗訴しています。これは、訴訟する前に、同様の条件の代替住居を徹底的に探す。という当たり前のことを避けた報いだと私は考えます)
ところが、これを不動産業者以外が話すと、「あなたは専門家でないのに何がわかるのだ」という事になりかねません。また、入居者が探してきた物件の家賃や手続に必要な諸費用の妥当性(保証料や鍵交換等)を適切に理解することができますし、仕事が忙しく、検索時間が取れない方に対して、賃貸の媒介業者として物件検索を行い、物件のご提案や内覧の手続きのお手伝いをして差し上げられます。
今回、南向きの高層階に居住する男性が、相場家賃よりも安く入居しており『今の物件を探すのにどれだけ時間が掛ったかわかるだろう!また、同じ条件を探すとなるとウンザリだ』と言われました。確かに、相場よりも1万円程安い家賃で契約していたので、環境条件が合致する物件を見つけるまで数か月要し、増加した家賃分は転居補償費として対応させていただきました。
今回対応した、弊社スタッフのY君は、元賃貸仲介店で店長を務めていたこともあり、中高齢者には直接物件のチラシを持って訪問、若い方には電話連絡や訪問でなくSNSや携帯のメール等を活用する等、入居者の特性に合わせた対応を行い、土日や深夜でも入居者の都合にあわせたアポイントを設定するなど、まさに入居者第一主義にて尽力した結果、大きなトラブルもなく、転居依頼開始から6ケ月で12世帯の転居が完了しました。
転居費用の予算
転居費用(補償費用)は、どの程度の予算を考えたら良いか?と聞かれることがありますが、相場がないことと、私は法律家ではないため、明確に答えることができません。しかし、参考や目安としては、6~10ケ月の家賃分だと考えられます。単純ですが、ネット検索すると、多くの法律事務所等で目安として掲示されている金額だからです。裁判所の判例を基にしているのでしょうが、一般の方が検索したときに受ける印象が6~10ケ月のようです。
心理学の「プロスペクト理論」では、「人間は得よりも損をしたくない気持ちが強い」とあります。例えば、同じ100万円でも、得するときよりも、損するときの感情の変化の方が大きいのです。(宝くじで100万円当たったときの嬉しさよりも、100万円落とした方の悔しさの方が大きいという事)ですから、入居者が転居協力してもらうための収支が損にならないことは当然で、相場よりも損をさせないことを考えます。
また、この転居費用の見積もりの際に、目的が変わってしまうオーナーがいらっしゃいます。本来の目的は、全入居者に転居していただき、事業を進め、相続対策を完了させることであって『転居費用の減額交渉に勝つか負けるか』ではない。ということです。
理屈で考えれば、新たな住居の敷金や前家賃は、入居者の負担とも言えますが、大局的な視点でご判断いただけるようにお伝えしております。
(実費) ※賃料70,000円程度の場合。
・礼 金・・・・・・・・・・70,000円
・仲介手数料・・・・・・・・・・75,600円
・敷 金・・・・・・・・・・70,000円
・保証費用・・・・・・・・・・・37,800円(状況によって変わります)
・損害保険、鍵交換、諸経費・・・70,000円
・前家賃・・・・・・・・・・・・70,000円
・前共益費・・・・・・・・・・・ 5,000円
・引っ越し費用(ラクラク)・・・100,000円(状況によって変わります)
・家具新調費・・・・・・・・・ 50,000円
実費合計・・・・・・・・・・・ 548,400円(家賃7.8ケ月分)
上記内容に予備費と預かり敷金1ケ月の返還を付加し、700,000円程度を予算計上します。(家賃10ケ月分)
入居者の属性調査
転居依頼を開始する前に、入居者の属性調査をします。
今までの滞納履歴やトラブルなどを、貸主や管理会社から聴取し、契約書類の添付書類等からも情報を収集します。これらの情報から、入居者それぞれの注意点を把握します。
例えば、同居者の勤務先が「法律事務所 事務職」となっていたりすると、それなりの費用請求や時間が掛る可能性があることを想定します。また、「飲食店勤務」とあれば、「飲」か「食」をはっきりさせます。「飲」であれば、水商売という可能性も高く昼の連絡は注意が必要で、連絡も取りづらいという事になります。
そして、暴力団との関係も調査します。単純に怖い、という事もありますが、暴力団排除条例で一気に処理できる可能性があるからです。余談ですが、私は、東京都公安委員会が主催する「暴力団追放 不当要求防止責任者」の指定講習を受講し「不当要求防止責任者」に選任されています。
今回、最後まで時間が掛った方は、契約者は当該地に住んでいる形跡がなく、契約者の連帯保証人と契約書に記載された同居者が使用していることが解りました。弁護士に住民票の内容を確認していただき「契約者は住民票の住所が移転していない。同居者である女性を連帯保証人が愛人として住まわせるために、契約者に名義貸しを依頼してのではないか?」と推測できたため、念のため暴力団員か否かの調査をしました。
本来、このような属性調査は賃貸仲介会社が入居時に行うべき業務です。今回も、他の入居者で毎月家賃の支払いが遅れる入居者がいましたが、老朽化した建物の入居者が長期間決まらないと、審査を甘くして入居させてしまう事や、家賃の督促も適切に対応していない事がよくあります。このような事が、転居依頼活動に大きな影響を与えるので、事前の調査と準備が必要です。
5:賃貸事業について。
賃貸経営は儲かるのか?
過去にマンションを建築した資産家にヒアリングすると、『相続対策になるからと言って、マンション建てたけど、あんまり儲からなかったね。借金の返済、建物の管理修繕、賃貸管理、入居者の仲介手数料、最近では広告料というのも払わないと、入居者が決まらないし、退去すれば改修費は負担しなければならないし、相続対策にはなったかもしれないけど、賃貸業としてはどうなのか解らないよ』と言われます。
収益不動産の提案で、具体的に30年収支を計算し、ご提案させていたくことがありますが、想定賃料をどのように推移させるかで、収支の内容は大きく変わってきます。この想定賃料を高く査定すれば、収支が良くなりますし、低くみれば収支が赤字になります。
私の前職は、25㎡ほどの1Kタイプのマンションを個人投資家へ分譲する企業にて、マンション用地仕入と開発推進開発の業務責任者として執行役員の職務を務めていました。
開発されたマンションは、1Kタイプ一戸当たり、2,000万円程度で販売し、顧客は85,000円前後の賃料を得て、その賃貸収入を取得代金の借入金返済に充てて資産を増やすというシステムです。
このシステムは、賃料収入が減少すると借入金の返済に大きな影響を与えるため、開発用地の取得に当たっては、賃貸市場の動向(エリア・駅距離・賃料変動等)を最も重要視し、顧客の取得した住戸の賃料が長期間にわたり安定して得られる場所の用地を厳選して用地を取得していくことになります。その市場動向の把握について、様々なデータを活用するのですが、データ化された情報は残念ながら、数年遅れた情報です。
私の事務所は、東京都杉並区の高円寺(JR中央線で、新宿から2駅約6分)にありますが、スタッフは賃貸仲介や投資不動産の売買仲介の業務も行っています。弊社が、不動産コンサルティング業務だけに特化せず、様々な事業を薄く広く手掛けているのは、不動産市場の最前線の実態を、自ら体感して把握したいという趣旨からです。確かに、データは無視してはなりませんが、最前線の実態を肌で感じ、その肌感覚を含め資産家にご提案していくことが、真の提案であると考えるからです。
データと私の肌感覚を合わせた結論としては、「今後の賃貸事業は素人運営では立ち行かなくなる。」という事です。
昨今の賃貸事情は、過去の貸し手市場から、超借り手市場となっています。高円寺といえば、若者に人気がありサブカルチャーの街として活気がありますが、弊社のみならず、地元のトップ企業の不動産会社の経営者も、「年々、賃貸仲介件数は減少し、常に10%以上の空室がある」と嘆いています。
雑多感が売りの高円寺は「日本のインド」とも言われ、築古の住戸やビルのほうが、カフェ・古着屋・雑貨屋等の借り手には人気がある場合もあり、新築物件よりも築古の方が良いというお客様もおりますが、それでも、簡単に借り手が決まらない実態なのです。新宿から二駅の利便性を持つ場所でさえです。他の地域では新たな物件が供給され、需要<供給という関係が益々拡大され、老朽化のマンションやビルは空室率が上昇し続けています。
また、不動産の運用のプロであるリート(REIT)やファンド等は、運用するポートフォリオ(複数の物件をまとめた袋のような概念)が所有する物件を、市場動向にあわせ流動的に入れ替えます。簡単に言えば、将来の不良物件を見抜き、売り逃げてしまうということです。しかし、個人地主の場合は、そもそも売却を前提としていませんから、固定運用しかできず、所有エリアの需要減少や、供給過多になった場合は家賃下落の波にのまれてしまい、対応しきれません。
そして、政府でも社会問題として注視しているのが空き家問題です。空き家対策の活動もしておりますが、日本全体の空き家率が14%を超えてくる現状を踏まえれば、専門知識を持たない一般の地主さんやその継承者の方々が、高額の借入で建物を再生・新築し、賃貸経営による収入で30年を超える返済をすることについて、不安になるのは当然だと考えます。
では、今後の住居系の不動産市場をどのように考えればよいのかというと、「マンション」と「都心回帰」がキーワードです。
職場から近い都心部のマンションに住む人が増加し、行政もその環境を支援している。ということです。その理由は、末尾のデータが示しています。
先ず、データのとおり、通勤時間が90分を超えている世帯が、平成15年と比較して、購入者では半減し、借家では7分の1にまで減っています。
都心のビジネス街で働くには、できる限り職場に近い住居を持つことを求めるのは当然だと考えます。
また、マンションを購入する割合が、20年間で10%増加し、42%となっています。反面、戸建ては、同じく6%減少し56%となっています。これは、戸建よりもマンションを購入する人が増加しているということです。
後に、都心では、新たな土地が造られているのと同じ事が起こっています。
特に都心三区(千代田区・中央区・港区)では、容積利用の割合が増加しています。
例えば、港区は平成13年には300%程度しか利用されていなかった使用容積率が平成24年には390%まで増加しています。これは、容積約100%=港区の土地面積分を新たに利用しているということになります。少子高齢化時代が到来し、都市インフラの整備予算も限られています。既存のインフラを利用することで、新たな投資を減らそうとするのは当然です。
結果、インフラの整っていない郊外を開発するよりも、既に一定のインフラが整っている都市部の、利用されていない空中の利用(高度利用)をしなければならなくなってきています。とはいえ、人口減少の現実を考慮すれば、都心部だからといって、賃貸事業が順風満帆とは言えません。ですから、借入に頼った賃貸経営よりも、借入がなく、現金が必要な時に速やかに売却が可能な分譲マンションに転換させておき、必要最低限の賃貸経営を行う事ができる不動産を残す、等価交換事業は検討に値すると考えます。
(上記の予測は2016年当時の予測で、現在、2024年から振り返ったとしても概ね間違っていないと自負しております)
6:「取り組む開発事業者は誰か」
前述のとおり、入居者の転居作業は、非弁法の問題もあり、入居者と転居費用を交渉することができません。しかし、事業のコンサルタントや土地売買の媒介業務者として、取引の価格を相手方(事業主)側と交渉するのは可能です。今回は当初の転居予算から300万円の追加予算が必要となりましたが、目標期日までに完了させることを条件に、売買代金を300万上げていただきました。事業主は『時は金なり』の対応を取るときがあります。
例えば、決算期に取り込みたい。という意思があるときや、時間を短縮するために必要なコストと比較し、メリットがあれば、対応する可能性は十分あります。
予定変更したときに、柔軟な対応ができないような事業者では、等価交換事業を円滑に進める事はできません。
プロの事業者であれば、転居費用が追加される可能性などは、想定の範囲内です。ところが、開発事業者の担当者によっては、自己保身に走り『少しでも利益を得る』ことを目的としてしまう事があります。今回、取り組ませていただいた、神奈川県横浜市に本社を置く、開発業者L社は、前述の売買価格調整の他にも、等価交換事業契約後に、建築資材の急騰や想定外の建物基礎が発見されるなど、当初の事業収支が大きく変わる事態となってしまったときの柔軟な対応と、なにより「Mさんへの影響を最小限とします」と宣言し、積極的に代替え案を検討し実行していただいたことは、大変な感銘を受けました。
どれだけ、綿密に計画をたてたとしても、完全にそのとおりに実行されることはありません。
環境の変化に応じて、柔軟に対応する必要があります。その対応に最も影響を与えるのは、信頼感です。私が、何時も気に掛けている格言があります。「事前は説明。事後は言い訳」です。資産家の方は、事前に私が適切な予測を行い、十分な説明をしていたのであれば、多少の計画変更は認めていただけます。事前に何も伝えず、事が起こった後に説明しても、依頼者は「言い訳」にしか聞こえないのです。そのような細かい積み重ねが信頼感となって、想定外の計画変更に対しても、資産家の方は、信頼し承認していただけるのです。まさに、開発業者L様は、事前に説明していただける等、我々の信頼を得た対応をしていただき、Mさんも、心から感謝していました。
7:その他
区分所有者となる心得
等価交換事業を検討するために必要なものが、「区分所有者となる心得」です。なぜなら、多くの建物所有者と共有で居住していくわけですから、『私は元地主だ!』というのは通用しません。稀に、自身が個人所有していたときと同様に、共用スペースに鉢植えを置いたり、自転車を置いたりする方がいます。また、管理費についても『一階しか使わないから、エレベーターの費用は払わない』という事を言う方もいました。
このような、トラブルは全て、「元地主」という上から目線の考えを捨てられない方が起こしています。区分所有者として管理組合に加入し、他の居住者と共同して建物を維持管理していく心構えが必要となり、管理費・修繕費費用を毎月支払う義務が生じることに理解ができなければ、等価交換事業はおススメできません。
測量と境界承諾と近隣対策
地主さんが、『測量はしてあるよ』ということがあります。しかし、「境界確定していますか?」と聞くと「????」となる場合があります。境界の細かい概念は、専門家に任せますが「測量=境界確定」ではない。ということに注意しなければなりません。
建物を設計する設計士は、測量図を基に建物の設計を行いますが、境界確定の有無は、原則関係ありません。ところが、都心の土地は単価が高額になるので、数センチの差異が1,000万円を超える価値になることがよくあります。また、商業地域等では、建蔽率100%まで(理論上)建物を建てることが可能ですから、建物を新築することによって、通風・日照そして景観が損なわれる場合は『そもそも境界が確定していないのに、建物を建てるとは何事だ!建物建築反対!!』と隣接地住民が感情的になることがあります。
そのようなことから、最近では行政も、建築確認を申請する際に、境界承諾書に基づく測量図を求めることが増えています。分譲するデベロッパーは、購入する区分所有者達の権利を確保するために、境界確定書の交付は売買条件に必ず入れる条件ですから、売買や建築を始める直前に隣接地所有者に境界承諾書の取り交わしを求めるよりも、事前に準備することが重要です。
特に、境界承諾に応じるか否かは、相手が決めることですから、「対応するのが当然」という考えは問題外ですし、普段から良好な相隣関係を築いておくことが大切です。境界確認が取れず揉めてしまえば、売却価格も大幅に下がりますし、等価交換事業による対策どころではありません。
8:終わりに
『相続と不動産』
相続と不動産はとても緊密で簡単に切り離せません。なぜならば、日本の平均相続財産の内訳は、50%以上が不動産だからです。そして、資産の半分以上を占める財産であるにも関わらず、不動産を物理的に分割できないことや、その評価方法が画一的でないことと、何より、『勘定』が大きく作用し、論理的な判断をしにくい財産だからです。
「いくら論理的に説明しても依頼者が納得しない」と悩む、税理士や法律家が多くいます。コンサルタントは、依頼者の『感情』と『勘定』を適切に理解し、人生の終焉に向かっている依頼者の優先順位を、役者が役に憑依されるかのごとく、依頼者の感情や価値観を全身で受け止めて、ご提案しなければなりません。その上で、ご本人が『感情』を優先したいと結論を出せば、その『感情』を優先し、『勘定』を優先したいという結論であれば、『勘定』優先した方法を決定するべきで、間違っても、コンサルタントの合理的、金銭的な価値観を押し付けるようなことはしてはならないと考えます。
この様な考えは、不動産業者の特性かもしれません。特に、自身が生活してきた自宅の売却検討は、大変な心の痛みを伴うときがあります。依頼者の人生の軌跡を実体化させた建物が自宅であるといっても過言ではないからです。これは、所有する不動産を手放した経験がある人しか感じる事はできません。『勘定』を適切に提示したうえで、『感情』を最優先するということこそが、『100%依頼者の立場に立ち、考えに考え抜いた最適提案』であると断言できます。
平成28年1月。建築着工の地鎮祭で、『やっと、工事が始まるのね。少し予定よりも時間が掛ってしまったけど、L社さんも赤字の事業をするわけにはいかないですし、きちんとした建物を造ってもらわなければならないですから仕方ないですね。後は完成するまで、私達が元気で待っているだけね・・・。そういえば、私の友人がこのマンションに興味があって、「今の一軒家を売って、引っ越して来ようかな」と言っていたの。L社さんに相談してもいいのかしら』とM夫人が言われました。
私は、『L社さん、喜びますよ。建築開始の時点で、お客様を一人確保できるのですから。いっそのこと、他の住戸全部Mさんのご友人達に買ってもらったらいいじゃないですか、楽しい生活になりますよ。』と冗談をいうと、M夫人が『良いわね。考えようかしら』と笑いながら返してきました。
執筆中の現段階では未だ、事業は完了していません。私が対応できる事は、概ね完了していますが、Mさんへ、住戸を引渡までが、私の仕事です。これから、あと1年程、引き続きお世話をさせていただくこととなります。
後⽇談 ー2024年の夏ー
依頼者であるMさんとは、等価交換した新築マンションの収益⽤住⼾2⼾の賃貸管理を受託していたため、定期的にお会いしていました。2017年の等価交換事業の終了から7年の2024年、収益⽤住⼾の⼀つを処分したいとMさんから相談がありました。
理由は、Mさんの⾝体にガンが発⾒され治療が開始されたことにより本格的に相続を意識するようになったことと、治療費の捻出のためです。
弊社の基盤となった⼤きなコンサルティング事業ですから私も強い思い⼊れがあり、事業終了後も、収益性の動向として「管理費と修繕費」を注視していましたが、昨今の⽼朽化分譲区分マンションの問題をうけて、徐々に当該物件の負担額が増え、25㎡の住⼾の管理費と修繕費の負担額が23,205円となっており、当初想定していた15,000円程度から⼤きく上昇し、投資効率が落ちていたのです。
この課題に取り組むべく「ぜひとも弊社に取得させて欲しい」と、Mさんに申し出たところ、快諾していただき、現在は弊社が区分所有者となっております。理事⻑が持ち回りになっているとのことから、タイミングをみて理事⻑に就任し、管理費と修繕費の⾒直しや管理会社の変更を所有者として不動産コンサルタントとして提案していきたいと考えています。
情報提供
株式会社 ダントラスト
代表取締役 堀田 直宏(公認 不動産コンサルティングマスター)