この事例のきっかけは、税理士からの相談でした。
税理士から「相続税対策を考えないといけないクライアントがいます。土地にアパートを建てて相続税対策をすることをハウスメーカーから勧められているのですが、借金してアパートを建てることに抵抗があるようで、私としても借入をして、アパートを建てれば、相続税は下げられますが、アパート事業自体本当に大丈夫なのか?がわからなくて、他にいい提案はありませんか?」と相談をいただきました。
そのお客様にお会いしたところ、今回の相談者であるお母様からは、「相続税がどのくらいかかるか計算をしてもらったが、相続税を払うほどのお金はありません。アパートを建てるよう提案されていますが、借金までして本当に大丈夫なのか?不安もありまして・・・。」

お母様のご主人は既に他界されており、長女、次女、長男の三人の子どもがいます。
既に古いアパートを2棟所有しておられます。アパートを建てた当時、土地の収用があり、その資金でアパートを建築されたそうです。
さらにお話を伺うと、遺言書を作成されているとのこと。
内容は、お母様名義の土地に長女、次女が家を建てており、その土地はそれぞれ長女と次女に、それ以外の自宅(長男ご家族と同居)、アパート2棟、市街地農地(アパート建築提案)はすべて長男に相続させるというものでした。
同席された長男からもヒアリングをさせていただきました。
長男からは「アパートについては正直よくわからない、建てたほうがいいのか?建てないほうがいいのか?相続税は下がっても、アパートは今も苦労しているし、借金を負うことも大丈夫なのか?不安があります。ただ、それよりも、母親が作った遺言書について、姉二人が納得していません。姉二人からは、遺言書どおり相続するなら、私たちはあなたに遺留分侵害額請求をするから。あの遺言書は遺留分を侵害している。あまりにも不公平すぎる。と言われています。姉たちとは家も近いし、揉めたくない。母からは私が後継ぎだから当然のこと。心配しなくていいと。ただ、私はそちらのほうが心配で・・・。」
まずご提案したのが、相続財産診断を行い、現状の相続財産、不動産の収支や状況などの現状把握です。
複数の不動産資産を所有されている方には、まずはこの現状把握から始めます。
この現状把握を怠ると、対策自体を誤ることがあります。
相続対策は、どの対策をとってもメリットとデメリットがあります。
メリットだけをみて対策を行っては後々トラブルになります。
デメリットも理解しておくことが必要です。

相続財産診断を行ってみて、問題としてわかったことが、
- 現在所有しているアパート2棟(16世帯)が築40年を超えており、空室も多く、漏水、雨漏りがでてきている。年間収支でみると180万円程度で下がり続けている。
- 新築のアパートを建てる計画している土地の北東側の道路の間に水路があり、接道要件を満たさない。出入口は西側の道路のみ。
- 一部、お母様が畑をやっているが、次に継ぐ人はおらず、数年後には畑はなくなる。
- 生命保険、現預金では納税資金は足りない。

相続財産診断の結果とご本人たちのヒアリングを踏まえ、弊社方提案したのは、
- 市街地農地の売却
- アパート①および②の建替え
- 遺言書の書換え
この提案を行うときに、お母様に尋ねました。
「仮に市街地農地にアパートを建てた場合、アパート①と②はどうしますか?」
「市街地農地にアパートを新築しても相続税は瞬間的に下げることができますが、当然、その借金も引き継ぐことになります。アパート①②も古く、現状のままでは長男さん、そのご家族にも負担を残します。では、建て替えようかとなると、こちらもほぼ全額借入をしての建替えになり、借金の負担はさらに大きくなります。では、アパート①②を売却した場合、将来、ご長男、さらにはその次のお孫さん世代になったとき、地形が変形しており、土地活用が難しく、価値の低い土地だけが残ることになります。一方、アパート①の土地は東南角地の土地で南側の間口広く、良い土地です。アパート②の土地も自宅との間にある農作業小屋を取り壊せば地形もよく、角地になり、有効活用の選択肢は広がります。借金の返済にゆとりをもち、納税資金まで考えて、農地を売却、その資金を納税資金、アパート建替えの頭金に充当します。そのために農地を売却します。」
「私だったら、将来を考えてアパート①と②の土地を残すようにしますね。」
「それに、今現在のアパートは、空室も多く、建物の劣化もかなりあります。このまま相続させるには負担が大きく、さらには空室が多いわりに修繕費も多く、お母様自身の収入もかなり厳しい、今はお元気ですが、ご年齢からこれから支出が増えてくる可能性があります。お母様ご自身の収入も確保していく必要があります。遺言書も遺留分を侵害しており、万一、遺留分侵害額請求を長男様が受ければ、請求額を現金で支払う必要があり、現金が少ない状況では、どこか不動産を売却することになるでしょう。そこも踏まえて全体的に対策を講じていきましょう。」
お母様からは「相続税のことばかり考えて、今のアパートのことや孫のことまで考えてなかった。本当はそこまで考えないといけないんでしょうね、私の生活も考えていただいてありがとうございます。よろしくお願いします。」
相続対策は、節税対策できればいいわけではありません。
さらには、長男だけ、この土地だけを考えるのではなく、ご家族、資産全体を把握し、相続後の5年10年をイメージしながら広い視野と長期的な視点が大切だと思います。
まずは、市街地農地の売却を検討します。
ここは生産緑地指定を受けており、すぐに売却することができません。
現地は、わずかな場所で家庭菜園程度の畑をしています。お母様は以前に脳梗塞を患い、左手にマヒが残っており、ほとんど農業はできていません。
診断書をとっていただき、農業が続けられない旨を農業委員会に申出をし、生産緑地の解除申請をしました。
次に空室の多い、アパート②の3世帯の入居者に対して、契約解除と解除に伴う、立退き費用などのアドバイスを行い、お母様、長男様に入居者に契約解除の交渉をお願いしました。
全入居者の退去までに1年ほどかかりましたが、入居者も退去に関してそれほど抵抗もなく、比較的スムーズに進んだと思います。
入居者の退去を進めていきながら、市街地農地の売却の準備を進めていきます。
この売却には、最初から宅地造成図をこちらで作成し、次女の自宅隣の土地は非売地とし、非売地の土地も合わせた開発許可を取得することを条件としました。

長男が遺留分侵害額請求を受けると、現金はなく、他の不動産売却を余儀なくされます。このご家族の資産からすれば、土地を残して、遺留分を侵害しないように相続してもらうようにすることが必要と考えました。
長女には自宅の土地と西側の隣地、次女には、自宅の土地と東側の隣地それぞれを相続してもらうと、おおむね遺留分を賄えるほどになります。
この条件で購入してもらえる業者を入札方式で募集しました。
入札の結果、当初の予定よりも2割ほど高い価格での入札額が入りました。
この資金は、相続税の納税資金と、アパート建替えの頭金に充当します。
アパートの頭金が増え、より安定したアパートの事業計画が組めるようになりました。
アパート②の建替え工事には、建築メーカー4社からコンペを行いました。
それぞれがコンセプトを考え、提案していただきます。
そのプレゼンを元に、長男ご家族と話し合いました。
お母様からアパートの選定はこれからアパートを引き継いでいく、長男ご家族に一任してもらい、長男ご家族には長男の娘さんにも参加してもらいました。
今後のアパート経営については、長男の意向も重要ですが、比較的内向的な長男の判断だけでなく、積極性もあり、長男からも信頼のある娘さんにも参加してもらい家族みんなで考える相続対策になるよう意識していきました。
アパートの建築を決定することについても、お客様からすれば比較できることが重要だと思います。
相続税対策に当たり、アパート建築を行うケースは多いと思いすが、今までたくさんのオーナーと話をしてきた中で、「なぜ、このメーカーでアパートを建てたのですか?」と聞くと、多くがしつこい営業や断り切れなくなったなどです。
1社だけ、営業力によって決めるのではなく、冷静にコンセプトや事業計画、事業予算などお客様が判断しにくいとことは我々専門家もアドバイスを行いながら、比較し、お客様で意思決定していただくサポートも我々の重要な役割だと思います。
アパート②の建替え工事が完了し、続けて、駐車場の再活用として、戸建て賃貸を建築しました。
地域的にもファミリー向けの賃貸重要が多く、周辺では数が少なかった戸建て賃貸、長男ご家族もペットを飼っており、大型犬なども飼える仕様にしました。
アパート、戸建て賃貸も順調に入居者が決まり、お母様の収入も安定してきました。
遺言書の書換えも行いました。
予定どおり、長女、次女には自宅の土地と隣地を相続させ、残りは長男に相続。
現金も相続分に合わせた割合で相続させる。
今回は最初にお会いしてから2年半。
土地の売却に当たっては当初、長女と次女から「環境が変わるのは嫌だ。」と反対を受け、納得していただくために、何度も通い、区画図の微調整などは何度も行いました。
入札の際には、他の不動産業者からの横やりもあり、苦労したこともたくさんありました。
ただ、最終的には、お母様、長男ご家族からも感謝していただき、長女と次女も100%の納得ではなかったかもしれませんが、最後はお母様の意向を尊重するかたちで協力いただくことができました。
現在でも、アパート①の建替えを進めています。
- 相続税も抑え、支払いもできるようにし、
- お母様の収入も増やし安定させ、
- 遺言書の書直しによって、遺産分割トラブルも回避することができたと思います。
不動産コンサルティングとは「お客様の困りごとを不動産を使って解決していくこと。」
私自身、この仕事をしていく中で、自分は何のためにこの仕事をしているのか?を忘れないようにしています。
私はお客様の「幸せを絆(つな)ぐ」、そのために私はこの仕事をしている。
このことを忘れないようにするために「幸せを絆(つな)ぐ相続アドバイザー」を名乗っています。
情報提供
株式会社K-コンサルティング
代表取締役 ⼤澤 健司(公認 不動産コンサルティングマスター)